「おてもやん」の生みの親 〜永田イネさん

おてもやんの像
交通センター前にあるおてもやんの像
永田イネさんのお墓
泰巌寺(下通2丁目)にある永田イネさんのお墓。扇をあしらってあります。

 熊本を代表する民謡「おてもやん」が作られたのは幕末らしく、その発祥には諸説あるようです。その中で有力とされているのが熊本の花柳界でお座敷歌として生まれ育ったという説。その生みの親が、その頃花柳界で唄や踊りを教えていた永田イネさんという女性です。幼い頃芸道に入った彼女は、三味線や唄、踊りとあらゆる芸事に達者で、後に「亀甲屋嵐亀之助」として女芝居一座を興し、大阪方面にまで巡業に出かけていたそうです。肝心の「おてもやん」については、永田イネさんのところに芸事を習いに来ていた女性がモデルという説もあるようですが、定かなところはわからないようです。
 永田イネさんは昭和13年12月16日、84歳でその生涯を閉じ、代継橋近くの泰巌寺の墓所で静かに眠っています。お墓の上部には扇があしらわれ、墓碑には「亀甲屋嵐亀之助」の名前と亀甲の紋が刻まれている。民謡「おてもやん」が象徴する熊本女性の陽気さと豪気さを兼ね備えた女性だったことが、そのお墓からも偲ばれます。

My First Seat 2004.4掲載

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